fumiko先生のキモノ手帖

ゆかしい「きもの」を軸にして、季節の行事と日本のしきたり、お茶、日本舞踊、能などについて、日々の発見や思いをつづります。     小さな「きもの教室」(難波市民学習センター)の、過去・現在・未来の生徒さんたちへの通信も兼ねて。
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 能「小塩」 

2018/02/26
こんにちは。
fumikoです。



一昨日2月24日、大阪「大槻能楽堂」で、能「小塩(おしお)」を見ました。
20180224 1
(当日のチラシより)


本日は能「小塩」についてです。

主人公は、ご存じ、在原業平(ありわらのなりひら)。
在原業平と藤原高子(ふじわらのたかいこ)の恋の話は、
『伊勢物語』第五段で、高子のもとへ通う業平が見張り番に邪魔をされて嘆く話、
同第六段では、業平と駆け落ちした高子が、その兄達に連れ戻される話が記されております。

高子は藤原氏自慢のお嬢様。
藤原氏にとっては、天皇家との関係を密にするための切り札ですから、
天皇家の血筋とはいえ、業平ごときとの関係は許されないことだったのです。

その後、高子は後の天皇に嫁ぎ、二条后と呼ばれてサロンを形成します。

一方、業平は中央政権からは一時追放され、有名な「東下り」となるわけです。
三河(愛知県)の八橋というところで詠まれた歌が超有名。
・から衣きつつなれにしつましあればはるばる来ぬるたびをしぞ思ふ
 (何度も着て身になじんだ唐衣のように、長年慣れ親しんだ妻が都にいるので、はるばる来てしまった旅を、しみじみ思うことです。)

隅田川をいよいよ渡るときに詠んだ歌も、ほとんどセットで教科書に出てきます。
・名にし負はばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと
 (「都」という名をもっているのなら、さあ尋ねよう、都鳥よ。私が恋い慕う人は無事でいるのかいないのか、と。)

さて、その駆け落ち事件から17年後が「小塩」に描かれている「大原野神社」での二人の再会となり、
このとき、業平52歳、高子35歳と伝わっております。

このときは業平もすでに京に戻り、そこそこの地位を得ていたようですよ。



能「小塩」
●主な登場人物(主な装束)と配役
前シテ:尉(黄色に赤の橫段着附?、薄茶しけ水衣)観世清和
後シテ:在原業平(初冠巻纓老懸、薄緑指貫、柿色単狩衣)
ワキ:花見人(紺・白・黄茶段熨斗目、薄茶菱模様素袍上下)福王茂十郎
ワキツレ:同行者二名(黒無地熨斗目、黒無地素袍上下)
(装束の色は、私のメモです)

●能の種類
三番目物、美男物

●あらすじ
後見が桜の作り物を持って出て、舞台中央前方に据えます
今を盛りの大原野の桜です。

出さない演出もあるそうですが、ある方が楽しいです。
作り物の製作はシテ方の仕事とのこと。
先日の山本能楽堂「能活」で知りました。

能は、大道具が観客の目の前で設えられるという、世にも珍しい演劇ですね。

洛西・大野原へ出かけた一行(ワキ、ワキツレ)が、小塩山で出逢ったのは、桜の枝を肩に担いだ風流な木こりの老人(前シテ)でした。

薄茶色?のしけ水衣が、風流な感じです。
装束の選択は、私たちのコーディネート以上に、「らしさ」の追求があるのでしょう。
老人とはいえ、ただのお爺さんでは美しくありませんよね。

老人は、昔、二条后が大原野神社に詣でた折、在原業平がそれに供奉(ぐぶ)して歌を詠んだという故事を詳しく物語り、
自らの正体を在原業平とほのめかすと、紅に染まる夕霞の中に陽炎のように消えてしまった。

その後、後見が花で飾られた作り物の物見車を橋掛かりの舞台際に運んできます。
その中に後シテがそっと入ると、後半の始まりです。

その夜、物見車に乗った業平が現れます。
月明かりの花影で、二条后との秘められた恋の想い出にひたりつつ、静かに舞の袖を翻すのでした・・・
(当日配布のプリントを参考にしました。)




後シテの「面(おもて)」は、上の写真よりもっと美しいと思いました。
当日のプリントには「中将」(観世家本面・河内作)とあります。
女性の「面」か、と思ったほど綺麗でした。
「面」の識別には、まだまだ至りません。

後シテが静かに舞うのは「序の舞」です。
「序の舞」は、普通は美女の霊や草木の精の舞い。
絶世の美男子である業平ならOKということでしょうか。


今回、私が一番印象に残っているのは、
シテ(観世清和)の気迫の「声」です。
身体から吹き出るような「声」に圧倒されました。

ちなみに、
昨年12月の「大阪能楽会館」最後の能公演で、
家元として挨拶なさって切戸口に入るとき、
客席を振り返った姿が忘れられません。

なんとVサインを出してくれたんですよ!
本当にお茶目で、チャーミングでしたー。

これからも機会を捉えて、舞台を拝見いたします!




終演後の「大槻能楽堂」。
20180226 1
この日は家元出演だからでしょうか、いつもより「きもの」の方が多かったような・・・






▽コメント

業平の和歌

ブログいつも楽しく拝見しております。

本日書いておられた、業平の「から衣きつつなれにしつましあればはるばる来ぬるたびをしぞ思ふ」次回の香道でする、杜若香と言うのに使われています。

詳しいことはよくわからないのですけれど、あまりにタイムリーでしたので、思わずコメントしてしまいました。

また何か参考になる事がら等ありましたら宜しくお願い致します。。

Re: 業平の和歌

コメントありがとうございます。

香道、素敵ですね!

杜若香とは、いったいどんなものなのでしょう・・・?
よろしければ、いつかまたご教示くださいませ。

こちらこそよろしくお願いいたします!

かきつばた

お返事ありがとうございます😊

ネットで見たらこんなんみつけました。👍
ご参考まで😊

「から衣 きつつなれにし 妻しあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ」、『古今和歌集』『伊勢物語』に登場する在原業平の歌である。平安の歌人、在原業平が東下りの折に「かきつばた」の5文字を句頭にいれて歌を詠んだ八橋は、伊勢物語の昔から広く知られるかきつばたの名勝地であった。特に、無量寿寺の庭園は「心」という文字を形どった「心字池、玉川庭」の様式をよく残した見事なもので、5月に庭園内の池一面にかきつばたの咲き揃った景観に魅了された。

庭園内には、在原業平を追って想い叶わずに自殺したという小野篁の娘杜若姫を祀る供養塔が、また荻生徂徠の弟子が在原業平の逸話を書き付けたという亀甲碑(八橋古碑)がある。


Re: かきつばた

やよさん、コメントと情報、ありがとうございます。

昔、多分30年くらい前、無量寿寺には行ったことがあります。
民家との境がはっきりしないような池に、杜若が美しく咲いていた記憶があります。
今はもっと整備されているのでしょうね。

今後ともよろしくお願いいたします!

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プロフィール


fumiko

Author:fumiko
1954年生まれ
大分県別府市出身
大阪市在住

【きもの教室(お抹茶つき)】
●とき:月1回 火or木曜日 18:45~21:00
●場所:大阪OCAT4階「大阪市立難波市民学習センター」和室
●内容:外出着の着装・お抹茶のいただき方 
●お問合せ:コメント欄をご利用ください。

【資格】
●公益社団法人全日本きものコンサルタント協会会員(1級きものコンサルタント) 
●表千家茶道講師
●中高教員免許(国語)

【趣味】
●きもの:2010年に装道礼法きもの学院大阪校入学。現在は礼法科に在籍。
●茶道:中2から始め、今も稽古に通っています。
●日本舞踊:若い頃に10年ほど稽古し、2013年再開。
●能鑑賞:2016年から積極的に見始めました。


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